藤森神社について

藤森神社

藤森神社は京都市伏見区深草の地にあります。歴史は古く、平安遷都より以前、203年に神功皇后(じんぐうこうごう)によって創建されたといわれています。

神功皇后が朝鮮を攻め入った時に使用した軍旗や武具をこの地に埋め、祀ったと言われています。その神功皇后をはじめとする12柱の神々が祀られている神社です。

この藤森神社で平安時代に初めて行われた祭りが旧暦の5月5日で、菖蒲(しょうぶ)でつくられたかつらを冠につけて神事を行っていたことから「菖蒲の節句(端午の節句)発祥の地」と言われるようになったそうです。

この「菖蒲」が「勝負」や「尚武」につながることや、藤森神社では駈馬神事が行われていることから、勝運の神・馬の神として信仰され、競馬ファンや騎手などが参拝に訪れているようです。境内には勇ましく大きな御神馬像もあります。また、日本書紀の編者であり、日本最初の学者とされる舎人親王が祀られていることから、学問の神様としても信仰されています。

5月5日の「藤森祭」では朝から神輿3基が氏子内を巡行し、武者行列が練り歩きます。端午の節句に武者人形を飾る風習はこの行事に由来するそうです。この武者人形には藤森の神が宿るとされ、境内にはその象徴の像、「神鎧像」(かむよろいぞう)があります。藤森神社ではこの日、駈馬神事が境内で行われ、馬の上で曲芸をするなどスリルと迫力のある妙技を見ることができます。

この藤森神社はあじさいの名所でもあります。6月~7月にかけてあじさい園が公開され、約3500株ものあじさいを観賞することができます!

勝運の神様、学問の神様もお祀りしている藤森神社は受験生の強い味方かもしれませんね!

いちいの木をクローズアップ!

いちいの木

藤森神社境内の本殿右手に「神功皇后 御旗塚」があり、そこに「いちいの木」があります。旗塚は、神功皇后が朝鮮を攻め入った際に使用した軍旗を埋めたとされた所です。

その旗塚に「いちいの木」という、しめ縄のされたイチイガシの大きな切り株があります。「いちのきさん」とも親しみをこめて呼ばれるこの「いちいの木」には腰痛にご利益があるとされています。

新撰組の近藤勇は腰痛に悩まされていたそうで、この「いちいの木」に何度も通い、腰痛を治したとされています。

この「いちいの木」からは、何とも言えない神聖な雰囲気と、力強さを感じました。この木は昔から、勝負にかける人々の腰の痛みを癒し、見守ってきたのでしょうか。

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